2014年11月10日月曜日
オナ禁102日目
本当は100日目のキリ番で書き込みをしようとおもっていたが、すっ飛ばしてしまった。すっ飛ばしてしまうほどに、もはやオナ禁は日常と化してしまった。
生産性は非常に高い。ただ、最近気持ちが落ち込む出来事が立て続いたため、気分はそれと相殺してしまっているが。生産性自体は非常に高いのだ。むしろ意識が高すぎて、時々、意図的にクールダウンを挟まないといけない。この45歳の身体がもたない。
体重は78 kgを切った。これはオナ禁効果か、禁fb効果かは、わからないが。意欲的に働いているので、脳が非常にカロリーを消費しているのだろうとおもう。2ヶ月前の体重は85 kg強であった。ちなみに結婚当初2006年の体重記録が出てきて、何と89.6 kgであった。12 kg重かった自分というのが、今となっては想像できない。
もっとも、2001年にカンボジアへ来た時の僕は70 kgぐらいしかなくて痩せていた。カンボジアが僕を太らせたのである。ならばこの贅肉はカンボジアへお返しせねばなるまい。
意欲的に働けるためにもう一つ気をつけていることは、例によって水野あおいの標語
「眠くなったらすぐ寝よう」
である。皆さん笑うが、これは本当に人生において最も大切な標語であると最近になってようやくわかってきた。
ある研究によると、睡眠時間6時間の後の知的生産性は、酒を2~3杯呑んだ後の知的生産性と同じだったそうだ。
すなわち、6時間しか寝ないで仕事に来るヤツというのは、酒を2~3杯呑んで出勤してくる不埒なヤツとまったく同程度に、仕事に対して不真面目であるということだ。
40過ぎたら人間は健康に気を遣わねばならない。このことは40過ぎないと本当にはわからない。30代の頃の自分や、今30代の皆さんへ声を大にしてお伝えしたいが、どうせ聞きやしないだろう。これは体操やスポーツをやれば良いというだけのことではないからだ。
2014年10月10日金曜日
この機材ならこの辺の席を取ったら子連れ飛行機は楽だよ、ぐらい言えて初めて男は一人前だ
という記事。
エンジンのそばはホワイトノイズで子供がたちどころに眠るそうだ。
エンジンの位置は機材により異なるのは言うまでもない。
トイレのそばになってしまうこともあるのでその場合は逆効果のおそれもある由。
僕らは物質界の住人なり されば有限速度にてしか動きえず さればこそ止まるべからず (西野妙子に学ぶ)
ということを改めて想起させてくれるかのような古い映像です。
この西野妙子のデビュー曲(実質2曲目)の映像における、わざとかと思うようなキレのないダンスを今見るにつけ、TPDとか沖縄アクターズスクールが市民権を得る前の日本は、バブルと言いながらも、この程度の速度感で動いていたのだなあ、とホッとする感じがいたします。
むしろみんな近頃は無限速度で動くことを目指しすぎて、かえって非現実的な物を追っかけてませんかという感じです。
僕らは所詮物質界の人間であり、その速度は光速を超えることはおろか、質量のくびきに厳重に縛られております。それは物質的にはもちろんそうですし、精神的にもやはり僕らには慣性というものがどうしてもございます。それは善かれ悪しかれそうでございます。
だからこそCan't Stop the Musicで生きて参りたいものです。
2014年10月7日火曜日
海外で失敗する日本人のたったひとつのキーワード
それは「ソファー」だとおもっています。
東南アジアへ来た初日にソファーへ座らされたなら、それはかなりの確率で、あなたが単なる「カモ」であることを示しています。
また、ソファーにみずから座ってしまうようなひとが、現場の何を見れるのか?
この点について、多くを語るまでもありません。
東南アジアを訪れる、あるいは東南アジアに在る日本人として、ソファーとは、ほとんど宗教的に避けるべき存在であると、僕はおもっています。
「私は何を残しただろう」と問うならば、その答えが得られるのは、日本史でいえば天武天皇と徳川家康ぐらいである。何が残るかを我々は制御できない。だからこそ我々は子孫から愛される
のだとおもう。
僕らは、残したくないことを隠す。
残したいことを喧伝する。
しかし、僕らの子供は馬鹿じゃないのだ。
かつ、僕らの子供は冷血漢じゃないのだ。
僕らが隠したかったこと。
それをこそ、僕らの子供は愛してくれるだろう。
だから、生きよう。
自分を。
同年代から年下と思われることが多いことの是非
オーン(弟)
と同年代のカンボジア人から呼ばれることの多い俺です。
若々しさがよいか?
年輪を重ねることがよいか?
価値観の相違もあるようにおもいます。
いつまでもオーンと呼ばれたい。
僕はどっちかというとそっちです。
クレカサイン芸
レジでクレジットカードを出すと、サインを求められる場合が多いですね。
この映像は、サインがクレジットカード上のサインと一致していない場合にどうなるか、という実験です。
それどころか、まるで違う名前を書いてしまったりしています。
それでも、レジ係は、全く問題視しません。
クレジットカードのサインって、何の意味があるんですか、とレジ係に聞いてしまったりしています。
レジ係によれば、恐竜や犬の絵を描いてしまうひともいるそうです。
結局、誰一人として、一致しないサインや、一致しない名義や、ふざけたサインでは支払いはできませんよ、とお客を止めるレジ係には、出会えませんでした、という結果でした。
下の、おなじひとによる、「ハンバーガーが広告写真と違うので、同じ見た目にしてくれと言ってみた」映像にしてもそうですが、なにごとも、やってみる、言ってみる、という姿勢が、人生においては大切だよね、と学ばせてくれる映像でした。
2014年10月6日月曜日
独眼竜ならぬ緑眼竜の問題――貴女を眠れなくさせる論理パズル
Green-eyed dragons
You visit a remote desert island inhabited by one hundred very friendly dragons, all of whom have green eyes. They haven't seen a human for many centuries and they are very excited about your visit. They show you around their island and tell you all about their dragon way of life (dragons can talk, of course).
They seem to be quite normal, as far as dragons go, but then you find out something rather odd. They have a rule on the island which states that if a dragon ever finds out that he/she has green eyes, then at precisely midnight on the day of this discovery, he/she must relinquish all dragon powers and transform into a long-tailed sparrow. However, there are no mirrors on the island, and they never talk about eye color, so the dragons have been living in blissful ignorance throughout the ages.
Upon your departure, all the dragons get together to see you off and in a tearful farewell you thank them for being such hospitable dragons. Then you decide to tell them something that they all already know (for each can see the colors of the eyes of the other dragons). You tell them all that at least one of them has green eyes. Then you leave, not thinking of the consequences (if any).
Assuming that the dragons are (of course) infallibly logical, what happens? If something interesting does happen, what exactly is the new information that you gave the dragons?
緑眼竜の問題
あなたは遠い無人島に着きました。そこには、とても友好的な竜が100頭住んでいました。彼らはみな眼が緑色でした。竜たちは、もう何世紀も人間を見ていなかったので、あなたが来たことをとても喜んでくれました。彼らは、島じゅうを案内してくれて、竜の生活の様子をなんでも教えてくれました(もちろん竜は言葉をしゃべれるのです)。
竜であることを差し引くかぎり、彼らには何もおかしな点はないように見えました。ところがある日あなたは、奇妙なことに気づきました。島にはひとつの掟があったのです。その掟とは、自分の眼が緑色だということを知ってしまった竜は、それを知った日の真夜中12時ちょうどに、竜の能力をすべて失い、尻尾の長い雀に変わってしまうというものでした。ただ、島には1枚の鏡もなく、また、彼らは眼の色の話は絶対にしませんので、竜たちはみな知らぬが仏で、先祖代々幸せに暮らしつづけてきたのでした。
あなたが島を発つ時が来て、竜たちは全員、あなたを見送りに出て来てくれました。涙々の別れの中であなたは、竜たちがしてくれたいろいろなおもてなしへの感謝を伝えました。その時あなたは、あることを口にしました。そのあることとは、彼ら全員がすでに知っている事実です(なぜなら竜たちはそれぞれ、他の竜たちの眼の色が見えますので)。あなたは彼ら全員に「あなたがたのうち少なくとも1頭は眼が緑色ですよ」と告げたのです。そしてそれがどういう結果を招くか(あるいは何も招かないか)について考えることなく、あなたは島を離れました。
竜たちがつねに論理的であると前提(もちろん)して、何が起こるでしょうか? もし何かしら興味深いことが起こるとすれば、あなたが竜たちに与えた新情報とは、正確に言って何だったのでしょうか?
以下ネタバレ注意!!!!
2014年10月3日金曜日
2014年9月28日日曜日
嵐に燃える男ども 今朝の大雨プノンペン寸描
スコールはもちろん毎日のように降るこの季節のプノンペンです。
しかしとりわけ激しい雨です。
これだけ激しい雨だと、逆に面白いので出かけたくなります。
マルハン銀行のビーチパラソルをさして、早速出かけました。
滝のような雨。
カンボジア大六横丁はすっかり濁流と化しています。
ズボンはあっという間に腰までびしょ濡れです。
近所のクイティウ屋も雨漏りしまくり。
中で茶しばいてる中年男どもが興奮してます。
いかにこの雨の中自分が大変な目にあってきたか!
競うように嬉々として大声で語っています。
男として嵐に燃えるのはどこにいても変わらんのだな~
とクイティウ食いながら感慨を新たにしたことでした。
# ここでアニメファンならば、当然、パトレイバーTHE MOVIE (1)の太田さんを想起せねばならない。
むしろ、嵐に燃えられないようになったら男として終わりだな!
と気持ちのベルトを締め直した朝でした。
2014年9月23日火曜日
あだ名とは生きた証そのものである。伝説を創れ!
あだ名がなくて、みんなの仲間になれてない感じがして、疎外感を感じていた少年。
「僕もあだ名がほしい!」
そのために、いろいろ頑張ります。
人のためになること。
人と違うこと。
人にぬきんでたこと。
そしてついには、ドラゴンを倒し、その牙を首に下げるという偉業を達成しました。
伝説的存在へと登りつめたのです!
「これで僕にも絶対あだ名がつくよね! さしずめ、ドラゴンの牙、かな?」
オチは…。
表紙デザイナー涙目! 本がすべてカバー付きで陳列されている書店
なんと、すべての本にカバーをして陳列しているそうです!
それぞれのカバーにはその本の簡単な説明を書いてあるそうです。
「本の良し悪しを表紙で決めてほしくない」
という店主のこだわりのようです。
http://thedailylaughs.tumblr.com/post/93341240288/dazily-i-went-to-this-book-store-and-their
表紙デザイナーさんは涙目?!
本の内容の良し悪しが表紙で決まらないのは本当だとおもいます。
1冊1冊に説明を書くのは大変な手間だろうとおもいます。
本への愛を感じます。
写真を投稿したのはオーストラリア西部に住むFreyaさん15歳。
Facebook禁の開始から1ヶ月で体重が5キロ減った理由を考察してみる
なぜか1ヶ月で5キロ減った
今朝の僕の体重は80.7 kgでした。
1ヶ月前には85.5 kg前後でしたので、1ヶ月で約5 kg減量したことになります。
原因はFacebook禁?
何がその原因となったのでしょうか?
真っ先に思い当たることが一つあります。
2014年9月22日月曜日
目標達成できないとあなたのお金が嫌いな団体へ寄付されてしまうサイト
以前ダイエット法を調べていたときひっかかったstickK(スティック)。
目標達成にはニンジンよりも棍棒のほうが有効、という科学的知見をもとにしたサイトです。
下のほうに、なんかプロスポーツチームのファンクラブがならんでいるのが笑えました。
日本でいうと巨人とかタイガースって感じですかね。
なお、寄付の免税控除すら得られないという鬼仕様です(笑)。
僕だったら、特定の政党へ寄付されるとかだったら頑張る気がします。
このサイトは政党はさすがに選択肢に入れてませんね。それやると面倒でしょうね。
2014年9月17日水曜日
Facebook禁の生産性爆上げ効果がヤバすぎる
南旺理工: さようならfacebook(1ヶ月だけ)の巻でお知らせしましたとおり、8月1日からのオナ禁と禁酒にひきつづき、生産性破壊三大戦犯の最後のボスを撲滅するべく、8月24日からFacebook禁をおこなっております。
今日で25日目になります。
上の記事にも書きましたとおり、なにごとも、21日つづけば習慣化したと言ってよいと申します。
そろそろ、さらなるチャレンジをしてもいいかもしれません。
計ったように、Liftからメールが届きました:
「今度はスイーツ禁とかどう?」
うっ…
それはオナ禁よりも禁酒よりもfb禁よりも数倍キツそうな…。
甘党の僕です。
参加するかは、ちょっと考えさせてください。
あ、でも、以前Slow-Carb Dietをマジメに3ヶ月ぐらいやったときは、そのプランに含まれてる砂糖禁も割と厳格に守っていました。
「割と」というのは、東南アジアにありがちな、おかずに入れられてしまってる分はちょっとわかんないので…。
デザートとかジュースみたく、あきらかに砂糖入ってるものだけ避けてました。
なので、やればできるとおもいますが、オナ禁&fb禁だけでもこんだけ精力みなぎり感、ドライブ感、グルーブ感がヤバいのに、このうえ砂糖禁までやってしまったら、ちょっとなんかのはずみに暴発とかしちゃうんじゃないかという心配が… ^^;;;;;
禁酒その後
なお、禁酒は9月頭にいったん破りましたが、なんか、全然酒が美味しくなくなっている自分に気づきました。
はっきり言って、まずいです。
アンコールビアもにごり酒も美味しくない。
お金をドブに捨てている気分とはこのことです。
お金をドブに捨てることによって、自らの身体と精神を痛めつけ、生産性を破壊しているのです。
てことで、9月はまだ2度しか呑んでません。
オナ禁本日現在
オナ禁は継続しています。今日で48日目です。
オナ禁フォーティーエイト! 私たちに会いに来て!
fb禁の今後
そしてFacebook禁ですが、当初目したとおり、やはり、生産性破壊の特大戦犯であったようです。
Facebookをやめてからというもの、プロダクティビティのブーストがヤバいです。
死ぬの?
って感じです。
生産現場の整備はガンガン進むし。
生産管理系の導入もバリバリ進むし。
ブログもUpしまくりだし。
子供と遊んでもいっこうに疲れないし。
妻は笑顔だし。
面白いので、このままFacebook禁をずっと続けちゃおうかな?
ともおもっています。
面白いっていうか、もったいない。
もともと、上の記事に書いたのは、今月23日まで1ヶ月、Facebook禁をするということでした。
そして翌24日は僕の誕生日です。
しかし…24日に僕への誕おめコメをfb上でくれることを何より心待ちにしてくださっているファンの皆様をはじめとする関係各位様方にはまことに申し訳ないのですが…。
もしかして僕、24日にもfbに姿あらわさないかもしれません。
2014年9月15日月曜日
たのしいvocationとつらいvacation…、そこには、燃える自分の不在がある
という記事を読みました。
時間が足りないのは、燃えられる対象がある証拠。
燃える自分でいられれば、時間が足りないのは当然。
そう考えれば、家族と仕事についても、互いに排他的にバランスを考えるのでなく、一体としてのビジョンに向けて、時間をもったいなく感じる行動が身につくでしょう。
という内容です。(かなり僕流解釈)
2014年9月13日土曜日
わかりやすく説明しようとしてるのにかえってわかりにくくなってしまう僕達の蹉跌から立ち直るただひとつの愛ある方法
本書サポート・マニュアル 目次
http://supportdoc.net/support-coffee/index.html
は非常に有用な情報源だ。
が、全篇にわたって口語を多用しているのが気になる。
ちょっと過剰と感じる。
わかりやすくしようという善意から出ていることは明らかだ。
が、まるで僕の若い頃を見ているようで、つらいものがある。
これは単に好みの問題ではない。
文語のほうが格調高くて好きとか、権威が感じられてセクシーとかいう問題ではない。
口語はなれなれしくてイヤとか、内容の知的価値を減じてるようでもったいないおとか、そういう問題ではない。
口語をむやみに使うことによって、読者による内容理解に支障が生じているおそれがあることが気になったのだ。
すなわち、技術解説におけるテクニックの問題である。
これは日頃、僕が問題意識をもって、自分も改善につとめている事柄でもある。
それだけに気になったといえよう。
以下、このサイトまたはその著者をおとしめようという意図はまったくないことをあらかじめお断りしておきます。
たまたま目についたので、ちょうど、日頃考えていることを書くためのサンプルとして、申し訳ありませんが利用させていただくだけです。
このページにかぎらず、ちまたに山ほどこういう事例はあります。
内容の有用性にケチをつけるものでももちろんありません。
なにとぞご了承ください。
たとえば、上記マニュアル内のページ
[8] npmによるCoffeeScriptのインストール
http://supportdoc.net/support-coffee/08-coffee_npm.html
に次の文がある。
図3のフォルダはホームフォルダにできます。
口語は諸刃のつるぎである。
とくに相手が初心者の場合はそうである。
たとえば僕は初心者として、最初、上記の文を
「図3のフォルダをホームフォルダに変えることが可能です。」
という意味だと勘違いした。
しかし腑に落ちないので、よく文脈を読んでみたところ、本当は著者は
「図3のフォルダはこのホームフォルダ内に生成されます。」
ということを言いたかったのだとわかった。
わかりやすさを狙うあまり、「できる」という口語表現の多義性が災いしている。
「できる」という言葉には、少なくとも
・「可能」
・「生成される」
の2つの意味があるからだ。
(ほかに「達成」「能力」などの意味もあるが、この例をそう誤解する危険はないだろう。)
この場合であれば、最低限、次のように工夫して書いてあれば誤解は生じなかっただろう。
「図3のフォルダはホームフォルダに生成されます。」
あるいは「の中」を補って
「図3のフォルダはホームフォルダの中にできます。」
とすれば、「できます」が口語表現のままでも誤解は生じにくい。
しかしもしかするとこれも、誤って
「図3のフォルダはホームフォルダの中に生成させることが可能です。」
という意味にとってしまうひとがいるかもしれない。
なのでやはり「生成されます」のほうが確実だ。
なお、この「~の中」という口語表現も、実は多義的であるので、避けたほうがよい。
文脈によっては、
・「~内」
・「~のうちの」
のどちらの意味ともとれるからである。
また、僕は、英文和訳の仕事をするとき、あるいは日本語の文を書くとき、英語でいう前置詞や定冠詞(the)にあたる語を極力省かないよう心がけている。
それは理解を大いに助けるからだ。
前置詞inにあたる「内」を補ったのが、上で僕が下線で示した改善例だ。
この改善例ではさらに「この」も補ってある。英語でいう定冠詞theである。「この」がないと、
「図3のフォルダはホームフォルダ内に生成されます。」
の中の「ホームフォルダ」は、世間一般のホームフォルダについて語っているにすぎない。
しかし文脈からして今、著者が、直前で述べたホームフォルダを指し示したい意図は明らかである。
であるならば、「他でもない、僕と貴女の間にあるこのホームフォルダ」であることを明確に示すために、「この」を補うことをためらうべきではない。
英語の場合には、ここでtheをつけるかつけないかを必ず選択しなければならないことが文法規約により義務付けられているので、逆に、こういう間違いが起こる危険が少ない。
Ruby on RailsでいうCoC(設定より規約)にも通じるものがあるかもしれない。
しかし日本語では多くの場合、theにあたる語は略されてしまう。
だから日本語でわかりやすく説明をしようとする者は、常にtheにあたる語を補うことをテクニックとして意識しなければならない。
思いやりのある、器の大きい人間は、説明をわかりやすく行うことにためらいがない。
なぜなら、それによって馬鹿に見えるほど自分の知性は脆弱ではない、という揺るぎない自信を持っているからだ。
しかし、説明をわかりやすくしようとする善意の努力の陥りやすい罠として、口語を多用してしまうということがある。
また、文が短いほうが良いだろうと考えて、前置詞や定冠詞にあたる語を省いてしまうことがある。
もちろん、口語を使うほうが理解しやすくなる場合には、口語のほうがよい。
だが、相手がトピックに不案内の場合、口語の多義性がかえって理解をさまたげることがある。
文が短くても誤解のおそれがないならば、文が短いほうがよいことは言うまでもない。
誤解のおそれがないかどうかを見極めるには、トピックに不案内な相手の思惟の進行を想像する能力と手間が必要である。
そのような手間をかけたくないときは、むやみに口語への言い換えは行わず、語の省略もしないほうが無難かもしれない。
具体的には、時間がない、それほど大切な相手ではないなどであれば、そんな手間をいちいちかけたくないとおもうだろう。
げに、相手への想像力とはすなわち愛である。
こうした、説明を受ける側が陥りやすい誤解への想像力を発揮することこそ、真に思いやりのある情報伝達姿勢であるといえるだろう。
そして、これは先天的なものでなく、努力によって獲得できる資質であると信じる。
そう信じてがんばっていきたい。
2014年9月1日月曜日
shikata ga naiからyatte yaruzeへ 禁酒禁xx一ヶ月達成
途中、日本から先生がいらして一緒に夜に食事に行っても、
「すみません、いまこれこれこういうわけで禁酒中なのです」
と言わないといけないのがちょっとだけ意志の力を要しましたが、基本的に、何かを1ヶ月やりつづけるのではなく、単に何かを1ヶ月やらないというだけの挑戦でしたので、考えてみるとそんなに大したことではなかったかもしれません。
しかし、どんなに小さな達成であっても、僕らはそれを自分に対し賞揚してやらねばなりません。なぜならあまりに多くのひとが、あまりに多くの機会において
「仕方がない」
と環境のせいにして動かない安逸にとどまるからです。
shikata ga nai
という日本語は英語圏でも知られているようで、英語圏の掲示板などにときどき登場します。
これは、我々日本人がこれまであまりに多くの機会に
shikata ga nai
と言って挑戦を回避してきたさまを世界から目撃されつづけてきたことを意味することにほかならないとおもいます。
このような不名誉を返上し、某声優さんの歌のように、力強く
YATTE YARUZE!
と言う日本人でありたいと願っています。
そのような日本人が増えれば、いつしか世界で
shikata ga nai
という不名誉な日本語は忘れられ、
yatte yaruze!
という日本語へ置き換えられるのではないでしょうか。
2014年8月29日金曜日
貴男がいかに井の中のかわずであるかを思い知らせるTwitterと、気持よく井の中のかわずのままいさせてくれるfacebook
いかにつぶやきがほとんどのひとからシカトされてるかがよくわかるという内容です。
Twitterとは、参加するまではいかに自分の言葉が面白く、あるいは自分の言葉に重みがあり、あるいは自分が重要かについてけっこう自負を持っていたひとびとの自信を、ほぼことごとく打ち砕くツールであることが、これを見てもあらためてわかります。
そのことに疲れた、あるいはそのような不快な事実を直視したくない人々が、Twitterを離れ、facebookに流入していったのは無理からぬことです。
facebookは仮想コミュニティですが、注意深く、現実世界のコミュニティ同様、「いいね」を強要する空気、お行儀よくすることを強要する空気を、注意深く、色濃くたちこめさせることに成功していますので、そうしたなかでみずからを誇示しちやほやされることに慣れてきたひとびとにとっては、非常に心地よい場となっていることは言うまでもありません。
2014年8月28日木曜日
LiftでNo Facebookハビットにジョインしました
でお知らせしましたように、2014年8月24日から9月23日までの一ヶ月間、私はfacebookにアクセスしないことといたしまして、実行中です。
今日8月28日で5日目となります。
Liftでフォローしてくれた方がNo Facebookというハビットにジョインされていたので、私もジョインしました。
現在400人が参加しています。
これで私がLiftで参加しているハビットは、8月1日から現在28日目のNOBNOM(現在5462人が参加)とあわせて、2つになりました。
会ったこともないひとたちばかりですが、つながって目標めざしてる感が心地よいです。
これは実際やってみてはじめてわかる感覚ですね。
ひとは弱い生き物です。
ゆえに、つながりを求めます。
しかし、つながりはひとを強くも弱くもします。
おのれを強くするつながりのみを、求めていきたいものです。
