2014年8月8日金曜日

しんがりを漢字で書くと…21世紀はカリスマのないリーダーの時代

リーダーとは神輿の上で踊る者でなく神輿を先頭で担ぐものであるみたいな絵がよくあるけど(ピラミッドの石運びでも同じ)、むしろしんがりで担いでるというのが個人的には実感であります。

この案件なんとか社員どうしで話し合って決めてみて、と私が言うのに対し社員がしびれをきらし「もう社長が決めてよ」と言ったときのみ初めて「そっすか? じゃ…」という感じです。

それは社長が決めてねと社員が言ったんだから社長が決めてもう文句言いっこなしだよね。

しんがりは漢字で「殿」と書くのも故なきことではないとおもうんです。
前面で目立たせてもらってる派手なヤツではなく、実はいちばん後ろにいる地味男くん地味子さんが大ボスだったという。

ときたま最後尾で声を発してなにげに神輿の行方を頑固に支配しております。
最前列で踊りたいやつが、気持ちよーく踊れるように。

元早稲田大学ラグビー部監督の中竹竜二さんもまさにそういうことおっしゃってますね。

これからの組織は変化の早い世の中に即応できるよう現場の個々人の知恵とリーダーシップを引き出した者勝ちであり、そのためにはメンバーのリーダーシップを引き出すフォローに回ることこそ、21世紀のリーダーのコンピテンシであるみたいなことをよく言われますね。

言い換えれば、21世紀はカリスマのないリーダーの時代であるともいえます。

しかし…じつは20世紀の偉大な経営者の多くも、「僕はカリスマがなかった」とおっしゃっています。いやいやあるでしょ、という感じですが、そうした方々がそのような自覚のもとにどのようなリーダーシップを発揮されたか、という思想と手法は、21世紀になっても、いやむしろこうした21世紀だからこそなおさら、充分学ぶべきものがあると考えています。

2014年8月7日木曜日

Redmineのカスタムフィールドからリンクを張れる機能も今じゃ普通に標準装備な件

「Redmineでこんなことができない、とネットで言われてることのかなり多くが、じつは今ではすでに標準機能でできるようになっていた」の顕著な一例を…。

2.5.0 adds a "Link" custom field format but also adds the ability for other custom field formats to render values as a http link to a configurable URL with the following substitution available:
  • %value% => the custom field value
  • %id% => id of the customized object
  • %project_id% => id of the project of the customized object if defined
  • %project_identifier% => identifier of the project of the customized object if defined
  • %m1%, %m2%... => capture groups matches of the custom field regexp if defined

カスタムフィールドのURL欄に文字列やこれらの要素を記述することにより、そのフィールド自身の内容やプロジェクトID・プロジェクト識別子などから組み立てた任意のURLへのリンクを張らせることが可能です。

惜しむらくは、他のフィールドの内容を参照できればもっと良いのに! という点です。
人間の欲には限りがありませんね。

具体的には、たとえば「FTPサーバアドレス」というプロジェクトカスタムフィールドを作ったとして、その定義において、「値に設定するリンクURL」欄に
と指定しておくと、たとえば

  • 「FTPサーバアドレス」フィールドの内容が「ftp.oreore.oredayo.tokyo」、
  • プロジェクト識別子が「test」

であれば、 「FTPサーバアドレス」フィールドから「ftp://ftp.oreore.oredayo.tokyo/test/」へのリンクが張られます。
しかし実際には、下図でいえば、「FTPログインID」フィールドや「ルートパス」フィールドの内容を合成することができれば、より実用的でしょう。



まあ、この例にかぎっていえば、「FTP URL」というフィールドを作れよ、といわれればそれまでなんですが。

このほかに、カスタムフィールドのデータ型として「リンク」も新設されております。
URLそのものがフィールド内容となる場合にはこちらがお手軽です

IT技術者の生き残る道はIT業者でなくユーザー事業部内にしかない

IT部門が没落すればIT業界の大概の問題は片付く
という記事を読みました。


  1. 事業部門がバリバリITを活用して新事業展開や業績浮揚を図るようになるだろう。
  2. それについていけない頭の堅いIT部門は没落し、結果として、IT部門を頂点とするIT業界ピラミッド構造は崩壊するだろう。
  3. そのピラミッド構造に伴っていたIT業界の諸問題も解決するだろう。


という三段論法なのですが、1と2は同意です。
すでにそのような動きを、一般の報道に現れるさまざまなニュースでも、ひしひしと見て取ることができます。

しかしこの木村氏も強く警鐘を鳴らしているように、実は2から3へはオートマティックな帰結ではない。
IT部門から仕事が出なくなったからといって、当然、事業部門が自動的に既存IT業者へ仕事を出してくれるようになるわけではないのだ。

それどころか、木村氏が前提にしているのとは異なり、私は、事業部門はそもそもIT業界へ仕事を外注しないケースが増えていくのではないかとみている。
理由は、木村氏の文章でも指摘されているように、事業部門が進めるIT案件は本質的にアジャイル性・小規模性を有するからである。

事業部門のITプロジェクトの試行錯誤とは、事業の試行錯誤そのものである。
なぜなら事業部門のITとは事業そのものだからだ。
アジャイルなやりとりを外部と行うほど効率の悪いことはないだろう。
外部業者が提案できる程度のイノベーションなら、そのユーザー企業のどこのライバル企業も当然に取り入れていくと思われ、新たなコアコンピタンスになどとてもなりえないのではないかとおもわれる。(そもそもそれで満足してたら事業部門の存在意義がない。)

よって問題は、IT業者はいかにこの先生き残るか?
ではない。
IT業者は現在のような形では生き残れないこと前提で、IT技術者がいかに生き残るか?
が、いま現在IT技術者として生計を立てているひとにとっての重大なテーマだろうとおもう。

これからITやプログラミングを学ぶひとについては、IT技術者などにならず、プログラミングを専業で行うなどという酔狂な道へ進まず、事業側へ入り込み、あるいは事業を立ち上げ、みずからプログラミングを行うのがもっともストレートフォワードな道であることは、火を見るより明らかな論理的帰結であることはいうまでもない。

巷の記事の「Redmineこんなことができない」がすでにほぼ標準実装済みな件

bitnamiのRedmineスタックをWindowsにインストールしました。



まずはDTPの、しっちゃかめっちゃかになりがちな、進捗管理に便利に使う予定です。これについてはほとんど標準機能で。

ちなみに巷のあちこちのページに「Redmineってどうしてこんな簡単なことができないの?」という記事があるので、そのへんは運用でなんとかすんべとおもっていましたが…。

ほとんど、できるように標準実装済みとなっていました。

あとは、納期に時刻まで設定したいので、そのカスタムフィールドを追加したときに、チケットの画面で納期の日付の隣に表示されてほしいということがあるのだけど、これはたぶんテーマとかでできるのだろうな。(追記:テーマはCSSカスタマイズと若干のJS追加をできるだけだそうです)

さらに研究研究…。

ゆくゆくは、刻一刻流れる切り抜きとかの粒度の細かい作業の生産管理のプラットフォームとしても使いたい考えです。RailsでRESTfulな何かを書いて、あとたぶんLimeChatのスクリプトを書きます。これについては過去のいくつかの記事で研究過程を掲載してあります。

経営とはシステム構築なり。

2014年8月6日水曜日

男の硬派ライフハックシリーズ「二個は一個なり、一個は無しなり。バックアップは臆病者の徴に非ず、勇気の源なり」

なにかと軍隊やアウトドアでのエピソードやたとえが飛び出す芸風の一貫性が心地よい男の硬派なライフハックサイトThe Art of Manlinessから本日の教訓です。

http://www.artofmanliness.com/2014/08/04/two-is-one-and-one-is-none-how-redundancies-increase-your-antifragility/

何かを二個備えてあるなら、うち一個は想定外で壊れて一個になると想定せよ。
何かを一個しか備えてないなら、それは想定外で壊れて装備ゼロになると想定せよ。
これは計画の代替案についても同様と考えよ。

バックアップがあってこそ、男は大胆に任務に邁進することが可能となると肝に銘じよ。
バックアップは臆病者のしるしではなく、むしろ想定外を成長につなげる真の男の態度と知れ。

2014年8月4日月曜日

専業プログラマーが楽しいわけがない

プログラムを書くひとが報われやすい時代が近づいているという意見を多く聞くようになりました。

しかしそれは、専業プログラマーが報われるという意味ではないとおもいます。

たとえば社長をやりながら、自分の会社のためのプログラムを書く。
たとえば農場主をやりながら、自分の農場のためのプログラムを書く。

そのように、自分の専門があって、その専門のために兼業でプログラミングをする専門家が、プログラミングをしない専門家よりも、報われやすい、という時代が来るということだとおもいます。

もちろんPHPゴリゴリとかではなく、Railsみたいなフレームワークに依拠して書くことが多いだろうとおもいます。
そういうフレームワークが整った現代は、兼業プログラマーが育ちやすい環境が整備されているとおもいます。

プログラミングが楽しいと思えないのは悪いことなのか
という記事を読みました。

これは、他人に売るプログラムを書くことを仕事とするひとの話ですね。
かつ、それだけを仕事とするひとの話だとおもいます。

こうした取材から見えてきたのは、優れたプログラマの間では「プログラミング技術一本で生きていくには、前提としてプログラミングが好きである必要がある」と固く信じられているということです。

というくだりからも、その前提が察せられます。

当たり前のことですが、仕事としてプログラミングをする目的は、顧客やユーザーに価値を提供することであって、自分が楽しむことではありません。

というくだりは、広義に解釈すれば、自分のために書いたプログラムによって業務が改善され、それによって顧客やユーザーに価値を提供するともとれます。しかし

逆に、顧客やユーザーを無視して、好みの開発環境や自身の心地よさばかりを追求するプログラマは、プロとは呼べないでしょう。

というくだりから察するに、やはり筆者の念頭にあるのは、他人のためにプログラムを書くひとだろうとおもいます。

他人のためのプログラムを書くことは、もちろんプログラミング自体を好きなひとにとっては、それでも楽しいことだろうとおもいます。

しかし所詮は、他人のための物ですので、それを楽しむことができないひとも一定数いるのは、当然のことだとおもいます。

それに対して、自分の仕事の改善のためにプログラミングを行うことは、楽しくないわけがないとおもいます。

その意味で、プログラミングが楽しくないひとにならないためには、自分の専門にいかにプログラミングを活かせるかを考えることが重要だとおもいます。

とくに経営者は、自分の会社の改善のために、みずからコードを書くことができれば、それをできない経営者よりもだんぜん有利になることは間違いありません。
他人にプログラムの仕様を伝える必要がないし、プログラミングで何ができてなにができないかをはじめから本人がわかっているからです。

2014年8月3日日曜日

続々起業するベトナムのヲタたち 日本ではなぜ起業は一世一代の大決心みたいな扱いなのか

おまえいつまでベトナムにいるんだよと言われつづけて10日目、今日やっとカンボジアへ帰るわけですが、この間、ベトナム(ホーチミン市だけですが)のヲタシーンの数々にふれる貴重な機会を得て、大変感謝しております。
どうもありがとうございます。


この間、日本ではアニメ海賊版サイト徹底取締みたいなニュースが出ており、これを受けて今後の世界の日本ヲタシーンがどうこれに影響されるか、また、日本の創り手の収益性に果たしてプラスマイナスいずれに影響があるのか、たいへん関心も持っています。


それはそれとして、簡単にレポートしたいとおもいます。

Otacool Cafe



ベンタン市場近くのOtacool Cafeのオーナーさんのお部屋。
写真におさまりきれませんが、本当はこの3倍くらいの点数のフィギュアがあります。
好きがこうじてカフェを起業してしまったという感じを受けます。

カフェはベトナム人の若者たちで大変にぎやかに繁盛しています。
グッズ販売も好調のようです。
グッズは日本から仕入れたものと、現地で作ったものが混在しています。

フィギュアなどは、日本クオリティのものを現地で作ることは技術的に難しいようです。
このあたりに日本の創り手のビジネス的な勝機があるのではないかと感じます。

THE OTHER PERSON








植民地時代のアパートの上階にあるTHE OTHER PERSON(BETSU NO HITO)の屋根裏のジブリ部屋です。

ここは、ベトナムの学生たちが手作りで内装をこしらえて開業したカフェです。
雰囲気としては、今はなき青山同潤会アパートをもっと古色蒼然とした感じのアパートの、非常に年季の入った階段をえんえん登っていくと、突如としてメルヘンな空間が現れます。
あまりに隠れ家すぎる立地に唖然としましたが、ベトナム人の若者たちでいつも満席状態とのことです。








同じくTHE OTHER PERSONのメルヘン部屋です。

マカロンはたぶん紙ねんど製です。
クラビノーバの黒鍵がピンクなのはカッティングシートで1つ1つ丁寧に作っています。
愛です。

m&m'sは大きさ比較のために私が持ち込んだ私物です。

どちらの部屋も、椅子はなく、床のカーペットに座ります。

SHIRU Cafe



ガンダムオタクの集いの場として作られたSHIRU Cafeです。

ガンプラが所狭しと置かれています。

僕らが入った時も、1体製作途中であり、塗装したたくさんの細かい部品をフローリングの上で乾かしている、そのすぐ横が僕らの席でした。
椅子はなく、フローリングに座ります。

ここはカフェというより、ヲタの集いの場としての属性の重きを置いている感じで、そのためか、ほとんど、単にガノタのひとんちにおじゃましたという感じでした。
内装非常にきれいに作り込んであるのですが、そのひとんち感があったため、写真撮りまくるのがはばかられました。
トイレには、「XX学校 10-A……」と胸に書かれた男子の制服が干されていました。

屋外の、非常に狭い螺旋階段を登ってたどりつくカフェなのですが、これって要は、この学生さんの自室なんじゃないかとおもいます。
単に自分の自室だったのを、ガンプラが好きという理由で、カフェにしてしまったという感じです。
そして学校でチラシ配ったらお客さんいっぱい来たそうです。

なんていうか、非常にイージーです。通常の日本人の感覚からすれば。

ホーチミン市は古来商人の街で、起業熱が伝統的に高いところですが、その血は若い世代にもしっかり受け継がれているようです。

逆に、日本の高校生は、どうしていきなり自室でカフェを開業したりはしないのだろう、と考えさせられました。
もちろん食品衛生法やら登記やらあるとおもうんですが、それ言ったらベトナムだって、それなりに規制はあります。
ベトナムに進出してる企業の方に聞いてみてください。
どっちかといえば政府の指導が非常に重たいという印象があるのがベトナムです。
スペック的な起業環境ということでいえば、日本のほうが原則的に自由なはず。

結局、起業するかしないかは、気合なんですかね…。
あるいは、子供のころからのすりこみかもしれませんね。
僕も子供のころ、起業はなんだかすごいことだとおもっちゃってましたからね。

BOND Cafe & Shop








日本ヲタグッズ輸入販売&制作&カフェ「BOND Cafe & Shop」です。

料理は、Com sot bo bamですが、これに好きなヲタTシャツがつくというセット売りです。
175000ドンです(VIP会員は10%オフ)

フィギュアもいっぱい売ってました。こういうのが飛ぶようにお迎えされていくそうです(140~180$)。
カネ持ってるヲタは持ってるのである。

萌えな概観が、ベトナムの街並みに実によくマッチしております (?)。
Khu pho van hoaというのはベトナムの裏通りの入り口によく政府が設けている門で、「文化地区」というような意味です。むかしホーチミン市では、注射器で薬物を注射してラリる悪習が非常に蔓延しており、とくにこのような裏通りにおいて使用済み注射器が路上に落ちているような状態であったことから、その重点取締りという意味合いがあると聞いています。そんな地区も今ではすっかりヲタの拠点です。

べと☆もえ




ここまで紹介したお店はすべて日本人無関与で創業されています。
これに対して「べと☆もえ」は、日本人が関与して創業されたお店です(これまでの詳しい経緯は聞いたけどなんだか複雑そうなのであいまいな表現でごまかす)。

昼と夜の1回ずつ行きました。
昼はカフェ(18時まで)、夜は同じ場所でバーとなっています(19時から24時まで)
昼はメイドさんがいます。「お帰りなさいませご主人様」「行ってらっしゃいませご主人様」もちゃんと言ってくれますし、テーブルから去るときにいちいちピョコンとおじぎをしてくれるのも可愛いです。

写真は昼の抹茶です。

ベトナムの若者たちが楽しそうにカードゲームをしており、メイドさんがそのゲームマスターをしていました。
メイドさんから、あなたも参加しますかと聞かれ、ルールを教わり、参加しました。

まとめ


今回回らせていただいてみて非常に感じたのは、ベトナムの若いオタクの皆さんの起業パワーと、ベトナムの濃いヲタたちの購買力です。
などとどうしてもビジネス的視点で見てしまう汚れた自分にちょっぴり嫌気もさしたりします。
彼らは本当に純粋に、アニメをはじめとする日本のコンテンツを楽しんでいるように見えます。
その副産物としてこうしたビジネスやエコシステムが生じていることを忘れてはならないとおもいます。

関連して、最近ネットに出たグリーの田中社長のインタビューを想起せずにはいられませんでした。
田中社長は、自分のクレカのキャッシングでサーバを買いまくって起業されたそうです。
インターネットで儲かるとは、現場でインターネットのすごさに魅了された人々ですら当時考えていなかった時代、そのすごさが楽しくてあれこれ夢中でやっていたらビジネスになってしまった、という趣旨のことをおっしゃっています。
なにがなし、今のベトナムのオタクたちの起業に通ずるものがあるのではないかとおもいました。

ひるがえって逆に、日本ではいったいどうして、起業とは人生一世一代の大決断であるみたいな扱いになっているのか、不思議におもったりもするわけです。

海外出ようと言うときにも、日本では、海外起業でなく、なぜか海外「就職」になってしまいます。

私の持論ですが、海外就職よりも、海外起業のほうがはるかに簡単です。
海外起業の最大のデメリットは、私のように現地語あやふやでも、社員たちはがんばってコミュニケートしてくれることです。俺から給料もらいたいわけですから!
海外就職のように、コミュニケーションの相手が同僚や上司だったら、現地語あやふやだったら単に見捨てられます。

海外起業のもうひとつのメリットは、自分が日本で培った専門性を真に活かし、自分の強みに特化して働くことができることです。
海外就職の場合は、私も経験ありますが、自分の専門性と就職先の事業が一致することは難しい場面も多く、自分の強みが活きない仕事であっても、命じられればしなければなりません。
海外に出れば、日本にいた頃に比べ、当初、自分の発揮できるパワーは数割減となります。そのことも考えれば、自分の強みをどまんなかで発揮できる分野で働けることは、海外では特に重要です。
これは、日本で培った専門性がないひとであっても、自分の適性にあった仕事を海外でしたほうがいいという意味において、同様です。

僕らは彼らに見習って、起業をもっとカジュアルにとらえてもいいとおもいました。
すでにカンボジアで起業している僕ではありますが、最近ちょっと殻にこもっていた自分を反省したりもしました。

プノンペン行きの時間が迫っているため最後のほう駆け足になってしまいました。
それぞれのお店の場所などについては、fbで僕それぞれ行ったときチェックインしてますので、そこからたどってみてください。